皮膚科医いわし

英国在住の皮膚科医のブログです。美容/旅行/料理メイン

医師に『変な人』が多いわけ〜おいでよ医学部島

 

医学部の『変な人』

医師って変な人が多いです。まるで聖人君子のような人格者もいる一方で、非常に個体差というか個人差が激しいです。一緒に働いている私からみても、『変わってるなあ!(良い意味でも悪い意味でも)』と思うくらいの医師もいるので、多分、そういう医師に診察室で初エンカウントを果たした患者さんの驚きは相当なものだと思います。

やはり同業として思うところもあって、あれやこれやと考えていくうちに3つの理由があるという結論に達したので、ここで考察したいと思います。※もちろん、非常に個人的な感想なので話半分に読んで頂きたく思います。

 

医師に『変な人』が多い理由

独自の進化を遂げる医学部島内『ガラパゴス化現象』

以前、『医学生の生活あれこれ』という記事でも紹介しましたが、これが医師に変な人が多い一つの理由にあたると思います。

www.iwashikarikari.com

医師で『変な人』とは、医学部という特殊な環境の中でだんだんそうなった人、というパターンもあります。そもそも医学部は必修科目がほとんどで、他学部の学生との交流も比較的少ない傾向にあります。したがって、一学年100人前後のごくごく小さなコミュニティの中で、非常に濃密な人間関係が作られやすくなります。それに相まって大学独自の伝統的な上下関係や横とのつながりなど、独特なローカルルールが加わっています。程度の差こそありますが、都内でも地方でも、多少これはあるんじゃないかと思います。

なので、この小さなコミュニティの中でガラパゴス化が進みます。『ガラパゴス』とはそう、ムツゴロウさんのアレです。

知らない人も知っている人も再確認となりますが、ガラパゴス諸島とは太平洋に浮かぶ小さな島の集まりです。海で隔絶されているために他の大陸と切り離された場所にあります。そのため島の中だけで生態系が完結しているので、独自の形質を持った生き物が生まれやすいんです。なので、狭い空間で独自の進化を果たすことを『ガラパゴス化』なんて呼ぶようです。

 

医師にも同じことが言えるのではと思っています。医学部って非常に濃密で閉鎖的な環境なので、さながらこのガラパゴス諸島そっくりの環境が作られているんです。ティーンのまだまだ影響を受けやすい多感な時期にここに放り込まれるので、多少なりとも影響を受けて変わった人が出やすくなるのも納得です。島の中でのことなので、島民からしてみれば、『まあ変わってはいるけど、許容範囲』というような変人がたくさん発生します。しかし、ひとたび島から出れば彼らが『珍獣』というジャンルに括られるのは間違いないのです。これは後にも書きますが、それを面と向かって指摘してくれる人があまりいないのにも問題があるのかもしれません。

以前私の知り合いにいたのですが、今まで授業を受けてきた教授や講師(おじいちゃん先生含む)の疑似恋愛模様をエロ小説にしており、その執筆活動に夢中になり過ぎて留年を繰り返している先輩がいました。なんとなく朴訥な印象のある人で好感が持てる人物でした。興味本位で小説を読ませてもらったのですが、意に反して非常に繊細なタッチでエロチズム(書くのもはばかられるのですが、おじいちゃん同士の愛憎渦巻く複雑な絡み)が表現されており、もはやうっすらと狂気さえ感じました。ある時その先輩に、なんでエロ小説を書き始めたのか聞く機会がありました。どうやら、留年を繰り返す中で話のきっかけにして少しでも他の子と友達になりたかった、というようなことを言っていたのを覚えています。意外な理由にちょっとホロリとしました。確かに、留年すると下の学年の狭いコミュニティでまた新しく自分を適応させなければいけないので、それが彼なりの努力の結果だったのでしょう。代返(いけないことですが、授業を欠席したときに友達に出席しているように見せてもらう)や、試験問題の対策プリントなんかも手に入れなければいけませんし、大学生の友達ってけっこう大事です。しかし結局、その先輩は私の同期となり、その後ひっそりと後輩になりましたが(彼は卒業できたのだろうか)。

 

以上のように、学部内は非常に変な人が多い環境ではありますが、逆に言えば『医学部島内で発生した珍獣』は、その奇妙な環境への適応の結果に生じた、一種の生存競争の末にできた産物でもあるのです(あくまでこれは一例で、もっと後味が悪くなる意地の悪い類の話もありますが、学生時代にもまあまあキツい体験をする学生も多いです)

 

 

『変な人』が生き残れる職種である

そしてこれが非常に問題な点だと思っています。医学部って特殊な学部で、卒業して医師国家試験にさえ受かってしまえば、いかにポンコツでも医師として働くことができます

この職種自体が今も社会に求められているので、それが多少変わった人であっても病院の雇用者や患者さんが我慢してしまうことが多いのが実状です。『士業』と呼ばれる職種全般に言えることかもしれませんが、雇用者やサービスを受ける側とサービスを提供する側で妙な上下関係の逆転が起こっている場面が多々みられます。今は昔ほどではありませんが、医師というものが神格化され過ぎているのが原因の一端なのでしょう。

したがって、実社会ではいかにポンコツであることが露呈しても、医師である限りは通用してしまうことがあるんです。逆に言えばそういう特殊な人は、一般社会ではまず受け入れられませんし、医師という職業だからこそ許されるということです。『医者以外できない人』が生き残れる業界、それが医療業界なのです。

 

 

そもそも元から『変な人』が多い

本当に身も蓋もないのですが、そもそも、もともと医師を目指す人に『変な人』が多いのが三つ目の理由です。あくまで多少割合として多いかも、ということですが。

日本の受験は学力に重きが置かれる傾向が強く、卒業後の医師国家試験においても100%合否は学力で決まります。実技試験もあるにはあるのですが、在学期間中にちょろっと実施される程度で、余程ヘタを打たない限りはまず落ちません。(事実、私の周りでは実技試験留年というものは聞いたことがありません。本試験で耳に入れる器具を鼻に突っ込んだ先輩も最終的には受かっていました)

なので、人格がどうであれ学力さえ高ければむしろ将来安泰なコースが用意されているわけで、これに乗らない手はありません。実際アスペルガー気質のある先輩や後輩、同期がたくさんいますし、彼らの選択はその点で非常に賢かったのでは....と思うこの頃です。もちろん将来的にはどうなるかわかりませんが。

ここで在学中に、実習とか、シケプリ(試験前に傾向と対策がまとめられた、学生間で共有されるマル秘ノート)とか、協調生がないと手に入らなかったり、苦労するのでは... と思われる方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。こと共通の課題を前にしたとき、島民は島内の人間に対しては比較的寛大なのです。

 

 

まとめ

間違いなく特殊な環境、医学部島。散々書きましたが、かくいう私も狭い島内出身です。しかし、今思えばこの小さく歪な環境を、なんだか懐かしく温かいものであったと思い返すこともあります。なんだかんだ言って、若い多感な時代を多く費やした場所でもあるので、どこかでその部分でさえも肯定したい気持ちが強いのかもしれません。そんなに楽しくもない思い出もありますが、それと同じくらい良い思い出もいっぱいありますからね。

しかしそれとは別に、やはり医療人としての姿勢は正しくありたいものだと常に思っております。この医師という妙な立場の逆転現象やガラパゴス化のせいで見失いがちなのですが、一度島内から出ればそれは『変な』ことかもしれない、という事実を忘れないように、戒めの意味を込めて記事を書いた次第です。

ちなみに、このガラパゴス化を題材にした面白い小説があります。

グロテスク 上 (文春文庫)

グロテスク 上 (文春文庫)

  • 作者:桐野 夏生
  • 発売日: 2019/11/15
  • メディア: Kindle版
 
グロテスク 下 (文春文庫)

グロテスク 下 (文春文庫)

  • 作者:桐野 夏生
  • 発売日: 2019/11/15
  • メディア: Kindle版
 

読まれた方もいますかね。

舞台は都内名門女子校(明らかに慶應女子っぽい)なのですが、我らが『医学部島』の環境と非常に似ていて、それに思春期特有のルッキズム(容姿の良し悪し至上主義)が加わり面白いです。題名の『グロテスク』は、繊細で聡い女子学生たちの間で起こる、苛烈な生存競争の末におとずれた独自の進化をよく表しています。記事で前述した『珍獣』のことでしょうか。我らが珍獣は国家資格を印籠にたくましく生きていますが、小説グロテスクの末にあるのは思いがけない顛末でした。気になる方は読んでみてください。

この手の話が大好き!という方には確実に刺さると思います!